セラピストが信頼を構築するために大切なこと(リハビリの基礎講座②)

まほせら式 リハビリの基礎講座

リハビリの基礎講座第2回は患者様、利用者様あるいはその家族との接し方について書きたいと思います。対人関係を治療技術の付加程度にしか考えていない人もいるかもしれませんが、私の考えは違います。セラピストが患者様とトラブルになるのは多くが治療技術ではなく接し方や関係性の問題です。技術がそれなりにあったとしても、接し方に大きな問題があればリハビリを行うこと自体ができなくなります。若手であれば医療従事者として最初に心すべき部分であり、経験を積んだ者でも初心として忘れてはいけない部分です。

技能=セラピストではない

医療従事者に求めるのは技能か人柄かというのはよく議論されるテーマです。
もちろん両方備わっていることが望ましいですが、議論されるのは現実がそうでないことの裏返しかもしれません。

セラピストにとって患者様(あるいは利用者様)と信頼関係を築くのはとても大切なことです。人によっては治療とコミニュケーションを別個の存在として捉えている場合もありますが、二つは切り離せないものです。声かけひとつがその人の心を癒し、意欲を引き出すこともあります。それはもはや治療そのものと言えます。

技能だけで十分な成果を出せるセラピストはおそらくほんのひと握りです。よほどの卓越した技術がない限り、人としての関わりは無視できません。

信頼関係が治療効果を左右するというのは、私の経験の上での実感です。私たちセラピストは相手の身体に触り、時に表層から深部の組織、または遠く離れた組織をコントロールします。自分が触れることで相手の身体に余計なものが生まれると、それだけで正確な接触を妨げるように思います。たとえ精神的な壁であっても、それは影響するように感じます。

理論的に言えば、信頼のない人が身体に触れると精神的な緊張を生み、それが交感神経を興奮させて全身の筋緊張を上げて……というような説明ができるかもしれません。

しかし、そのような機序とは別に、自分と相手の間に”壁”があると治療を妨げる”何か”が生まれるような気がします。
治療が上手くいく時は、相手の身体とある種の同化するような感覚がありますので、その間にいかなる性質であっても障壁はない方が良いのだと思います。

信頼関係を築くためのポイント

このような理屈や私の主観を持ち込まなくても、治療において信頼関係が大切なことは分かっていただけると思います。

信頼関係を築く方法は、私たちが普段、家族や友人に行うべきことと基本的には変わりません。些細なことでも約束を守る、その場しのぎの嘘をつかない、他人の悪口を言わないなど、誠実であることが大切だと思います。

それともうひとつ、経験を積んだセラピストでも誤りやすいポイントがあります。

それは距離感の取り方です。

私たちは人間関係において、自然と相手によって距離を測っています。
例えば、客がほとんどいない電車で、他に十分なスペースが空いているにも関わらず、自分の隣に見ず知らずの人がぴったり身体を寄せて座ったら違和感があると思います。友人なら隣に座るくらいなら気にならないでしょう。恋人や好意を寄せている人だったら近くにきてくれるほど嬉しいかもしれません。
これは物理的な距離の話ですが、精神的な距離についても同じことが言えます。友人には言えないことでも、家族や恋人になら言えることはあるでしょう。初対面の人には敬語を使い、馴れ馴れしい態度はとらないと思います。このように人は相手との精神的距離を設定して、それに見合った質のコミュニケーションをとるのです。

注意しなくてはいけないのは、患者様や利用者様だからといって皆が同じような距離感を求めているわけではないということです。一生懸命、熱心にグイグイ近づいてくるような接し方を望む人もいれば、距離を置いて見守るような対応を望む人もいます。”一生懸命”を免罪符のように思っているセラピストもいますが必ずしもそうではないのです。

距離感が近すぎると、圧迫感や馴れ馴れしさを感じて不快になり、遠すぎると冷たさや物足りなさを感じます。ここの調整が上手くいっていないと、技術があり、一見順調に進んでいるようでも、相手と今ひとつしっくり来ない感覚があります。
リハビリの現場で例をあげると、在宅療養中で高齢者の夫婦二人暮らし、夫の介護を妻がしているとしましょう。訪問で介入している理学療法士は、妻の介護負担が大きいと考えて、一週間のうち数日を通所サービスに当てるか、ショートステイを数ヶ月に1回導入してはどうかと考えています。しかし、妻は興味を示すもののサービスを導入することを躊躇しています。
この場合も相手がどのような距離感を求めているのか考える必要があります。たとえ善意に基づいているにしても、こちらが強引にサービスを導入させることは本人たちの主体性や選択を奪うことになります。少なくても最初の段階ではそのような方法は取るべきではないでしょう。
例えば、訪問しているのは理学療法士だけではないでしょうから、介入している看護師やケアマネから妻の考えを聞いてもらうのも良い方法だと思います。複数の角度から会話を重ねることで、独りよがりになることを防げますし、相手からしても圧迫感や押しつけ感がなく、距離感も心地良いまま保てます。
時間が多少かかっても、本人たちが選択したことは納得していただけますし、それを尊重することで信頼がさらに構築されていくと思います。

相手と心地良いだけでは上手くいかない時もある

相手が望む距離感を考えることは、あらゆるコミュニケーションに必要だと思います。おそらくこれが出来ていない人と接すると、馴れ馴れしさ、厚かましさ、よそよそしさなどを感じて不快に思うはずです。臨床でもこのスキルがとても大切になります。まずは相手が望む距離感を保つことが第一段階で、それで円滑に進むなら十分だと思います。しかし、状況によってはこれだけでは上手くいかないこともあります。依存心が強すぎてセラピストと望む距離感が近すぎる場合や、決断が遅くなることで不可逆的な不利益が見込まれる場合はあえて相手が望む距離を詰めたり離したりする必要があります。
第二段階は相手が望む距離感を熟知した上でその距離を適した地点に調整するということです。
セラピストとして時には踏み込まなくてはいけないこともありますし、距離をしっかり取らなくてはいけないこともあります。しかし、あくまで相手が望む距離感を前提として考えるということが大切です。

距離感を知るには相手の目線から物事を見る必要があります。多様な考えや価値観があることを知っておくことも大切です。これも突き詰めて考えると、相手の立場になってものを考えるというごく基本のコミュニケーションに帰結します。これができると、不思議と患者様や利用者様のリハビリが円滑に進むように感じます。それはおそらくリハビリというものが単純な運動機能への働きかけではなく、もっと包括的な活動であることを証明しているように思います。