手根骨の触診方法

治療のための基礎

手部と足部は細かな骨が多く、解剖学の授業で苦手だったという人も多いのではないでしょうか。手部の複雑な構造は巧緻動作を可能にして、生活の様々な作業を可能にします。足部は歩行時に直接地面と接する唯一の部位です。その荷重を適切に緩衝することで、効率的な運動と関節機能の保護・維持を実現します。それら精密な役割ゆえに、骨には細かさが求められ、進化の過程においても癒合せずに現在に至っています。

これらの部位は末梢ということで、筋の付着が近位部に比べて少ないことも特徴です。それに加えて手部は把持しやすさもあり、徒手療法の学び始めでエンドフィール(最終域感)を知るための練習に使われることも多いです。

今回は手部の中で特に触診が難しい手根骨について、その方法をまとめます。

徒手療法を行う上で、エンドフィールを正確に把握することは治療の基盤になります。組織がどのような状態なのか知ることで、治療の必要性を判断し手技の選択ができます。エンドフィールをより精密に感じるには、骨を的確に把持して動かすことが必要です。骨それぞれをしっかり認識して触診する技術が求められます。それにより、対象とする関節(手根骨の場合は橈骨手根関節、手根中央関節、手根中手関節)の感触をしっかり把握することができます。

手根骨の構成・機能

触診の精度を上げるには知識として構造を知っておくことも大切です。

手根骨手掌面(右手)
引用:「プロメテウス解剖学アトラス 解剖学総論/運動器系 第2版」

手根骨手背面(右手)
引用:「プロメテウス解剖学アトラス 解剖学総論/運動器系 第2版」

近位列:(橈側から)舟状骨、月状骨、三角骨、豆状骨
遠位列:(橈側から)大菱形骨、小菱形骨、有頭骨、有鉤骨

橈骨と手根骨近位列の間で「橈骨手根関節」、手根骨近位列と遠位列の間で「手根中央関節」、遠位手根骨と中手骨の間で「手根中手関節」を形成します。近位列と書きましたが、豆状骨に関しては三角骨との間の関節が主体であり、上記の運動にはほとんど関与しません。

手関節の掌屈、背屈は橈骨手根関節、手根中央関節の両方で行われます。その割合は文献による違いもありますが、概ね1:1とされています2)

「あの固そうな手根骨同士(手根中央関節)がそんなに動くの?」といぶかしげに思う方もいるかもしれません。「ダーツスローモーション」と言って、ダーツを投げる時の手関節の動きがありますが、これは手根中央関節優位の運動と言われています2)。試しにダーツを投げる動きをしてみると、手関節は掌屈しますがさらに動く可動域があります。ダーツスローモーションの可動域が手根中央関節の動きで、残りが橈骨手根関節の動きです。このように見ると、動きがイメージしやすいと思います。

手根骨の触診

あらゆる触診に共通することですが、わかりやすい骨指標をまず探して、それを手がかりにおおよその位置をつかむと触りやすいと思います。繰り返し練習して慣れてくると、骨指標を確認しなくても触れるようになる人もいるでしょう。

舟状骨、大菱形骨

まず、橈骨側のふたつの手根骨の触診です。まず母指を背側に伸展させて「嗅ぎタバコ窩」を出します。この不思議な名前は、かつて嗅ぎ煙草(煙草の葉を粉状にしたものを吸い、鼻の粘膜からニコチンを摂取するタイプの煙草)をこの部位に入れて嗜好したことに由来すると解剖学で習いました。

嗅ぎタバコ窩(橈側:短母指伸筋、尺側:長母指伸筋腱から構成されるくぼみ)

嗅ぎタバコ窩の三角の底辺が橈骨遠位端、そのすぐ遠位にあるのが舟状骨、そのさらに遠位にあるのが大菱形骨です。くぼみの深い限られたスペースにふたつの手根骨が密集しています。母指中手骨底を大菱形骨と勘違いしないようにしましょう。

大菱形骨を単独で確認する方法もあります。母指の中手骨を近位にたどり中手骨底を確認します。中手骨底の近位にある大菱形骨を母指と示指でつまむように把持して、母指を動かしてもらいます。もし母指と完全に一緒に動くようなら中手骨底で、母指の動きにわずかに同調しながらも同じ位置を保っているようなら大菱形骨です。

大菱形骨の見分け方(治療者は大菱形骨をつまみ、患者様に母指を動かしてもらいます)

また、掌側で母指球の付け根あたりにある突起部は「大菱形骨突起」です。これを舟状骨と勘違いしないようにしましょう。

大菱形骨突起(右図は「プロメテウス解剖学アトラス 解剖学総論/運動器系 第2版」から引用)。舟状骨と間違えないように注意。

このように大菱形骨をしっかり認識することで、舟状骨もわかりやすくなると思います。

月状骨

月状骨は手根骨近位列の真ん中(舟状骨と三角骨の間)にあります。掌側は走行する腱で触りにくく、背側もあまり凹凸がないためか触りにくい印象があります。まず橈骨のリスター結節を確認します。

リスター結節(右図は「プロメテウス解剖学アトラス 解剖学総論/運動器系 第2版」から引用)

リスター結節を遠位にたどるとくぼみがあります。そのくぼみに指を当てて、手関節を掌屈させると背側にポコッと出てくる骨があります。それが月状骨です。

月状骨の触診。リスター結節遠位のくぼみに指を当てて、手関節を掌屈してもらいます。

さらに、それに指を当てて母指と挟み、上下(背側-掌側)に動かすと感触がわかりやすいと思います。掌側に関しては、腱が邪魔して慣れないうちは触りにくいかもしれません。しかし、ボンヤリとでもつまんで上下に動かすと、月状骨なら動く感触がありますので、不安な場合は同僚同士などで練習をしてみましょう。

月状骨の確認方法。月状骨をつまんで上下(背側-掌側)に動かす。

豆状骨、三角骨、有鈎骨

豆状骨は手掌面の小指球の付け根にある突起部です。三角骨は豆状骨の背面に位置します。月状骨の尺側にあるので、おおよその位置の目星を付けて、豆状骨と三角骨をそれぞれ母指と示指でつまむようにします。そして、上下に動かし、母指と示指が一緒に動いている感触があれば、三角骨の位置も正しいと考えられます。もし、豆状骨と三角骨が動きにくいようでしたら、手関節を少し掌屈するとわかりやすくなります。

豆状骨と三角骨の触診。豆状骨を目印に背側にある三角骨を探す。両方をつまんで上下(背側-掌側)に動かすことで確認もできる。

有鈎骨については、三角骨を遠位にたどり、第5中手骨との間にある骨がそれに当たります。有鈎骨を確認するには、それと思われる骨片を母指と示指でつまみ、小指を動かしてもらうと良いです。母指と大菱形骨の関係と同じく、もし小指と完全に一緒に動くようなら中手骨底で、小指の動きにわずかに同調しながらも同じ位置を保っているようなら有鈎骨です。

有鈎骨の確認:有鈎骨をつまみ、小指を掌背屈、内外転など動かしてもらう。

有鈎骨というくらいなので、この骨には鈎のような突起部が手掌面にあります。これを有鈎骨鈎と呼びます。この突起部を触ると考えていたより内側にあるように感じないでしょうか。掌側の場合、小指球の膨らみのために手の輪郭が骨よりも少し広くなっています。このことを頭に入れておくと、より触診がスムーズになると考えられます。

実際の手の写真に手根骨の図版を投影したもの(図版引用「プロメテウス解剖学アトラス 解剖学総論/運動器系 第2版」)

このように実際の写真に手根骨を投影させてみると、もしかしたらイメージしていた位置と違うかもしれません(個人差や多少のズレがあるのはご了承ください)。手関節を軽く掌屈した時に、手首の手掌面にしわが2本できると思います。そこがだいたい近位手根骨の位置です。それを考えると、手根骨は「手」と呼ばれる部分のごく付け根の狭いスペースにぎっしり並んでいるのがお分かりいただけると思います。

有頭骨、小菱形骨

有頭骨、小菱形骨には単独で目印になるような骨指標がありません。その他の手根骨を見つけて、その位置関係からおおよその位置の目星を付けて確認するようにしましょう。確認する際には他の手根骨同様につまんで上下に動かすのが一番わかりやすいと思います。手根骨遠位列は近位に比べて相互の靭帯結合が密になっていますが、全く動かないわけではありません。練習するうちに感触が分かるようになると思います。

手根骨について勉強するなら

手根骨を勉強する際にお勧めの教材を紹介します。今回の記事を書く際にも参考にして、一部引用もさせていただいています。

骨に関して言えば一番描写が細かく、骨格模型がなかったとしてもかなり補うことができると思います。個人的に思うプロメテウスの欠点は、CGのきれいすぎる図が現実の組織の質感と乖離しているのではないかという点と、組織ごとに図を分けていることが多く相互の位置関係がわかりにくいという点です。しかし、骨だけ勉強している分にはそのような点が全く気にならず、最適な解剖学アトラスだと思います。

手関節や手根骨の動きについて、多くページを割いているわけではないのですが、わかりやすく書いています。記事中の「ダーツスローモーション」についてもこの文献から引用させてもらいました。他にも載せたい知識があったのですが、引用の範囲を超えると考えて控えました。この本だけで治療ができるわけではないですが、解剖学の復習や評価をする上での補助として良書だと思います。

立体的な位置関係を知りたいなら模型が一番優れています。模型も手関節だけのものから、肩甲骨~手までつながったものまで様々です。ブランドで言えば3B社でしょうが、メーカーによってはその半額ほどで販売しています。肘、手関節両方備わったものの中では、このメーカーが一番安かったので紹介しておきます。

引用・参考文献

1)坂井建雄、松村譲兒(監訳)「プロメテウス解剖学アトラス 解剖学総論/運動器系 第2版」医学書院.2011
2)林典雄、岸田敏嗣「林典雄の運動器疾患の機能解剖学に基づく評価と解釈 上肢編」運動と医学の出版社.2017