パーキンソン病の歩行、動作障害(パーキンソン病のメカニズムとリハビリ⑩)

パーキンソン病

はじめに

パーキンソン病の4大徴候として「振戦」「筋固縮」「無動」「姿勢反射障害」があります。姿勢反射障害は、静的な座位や立位における問題から、歩行時や動作時の問題まで実際の臨床では幅広い症状が含まれます。前者には「腰折れ」「ピサ症候群」「首下がり」、後者には「突進現象」「すくみ足」「小股歩行」などが挙げられます。前回は前者を「姿勢保持障害」としてまとめました。今回は後者のよりダイナミックな環境下での問題を「歩行、動作障害」としてまとめたいと思います。

これらの区分は当ブログでパーキンソン病の症状をまとめるにあたり、設定したものであり公的な機関(学会など)が定義したものではありません。パーキンソン病における姿勢障害の区分、定義についてはそれぞれの書籍によって異なり、公式な見解がないのが実情のように思います。それは各症状が独立したものでなく、それぞれが複雑に重なりあったものという実情もあると思います。ご理解の上で読み進めてください。

歩行の神経機構

まず、パーキンソン病の歩行、動作障害の理解に必要な正常歩行の神経機構について考えてみましょう。

歩行は、左右の下肢を交互に出し、それに伴い体幹や上肢の回旋も起こるリズミカルな動作です(下肢に体幹が伴うのか、体幹に下肢が伴うのかは議論があると思いますが、ここでは論じません)。そのため、パターン的な運動と捉えることもできますが、様々な環境に適応するためにその動きがいくらか修飾される必要があります。

歩行の研究を動物実験で行う場合、多くはネコで行われていました。ネコの場合、脊髄を途中で切り離しても、自動的な下肢の歩行の動きは残存するか、一時的に失っても回復します。ただし、バランスを保つことは難しくなります。

また、中脳のある領域を刺激すると自動的に歩行の動きが誘発されることがわかっています。その部分を中脳歩行誘発野(mesencephalic locomotor region:MLR)と呼びます。ネコにおいて中脳歩行誘発野は下丘の約6mm腹側、楔状核の知覚に位置します。他にもいくつかの脳領域への電気刺激が歩行を誘発することがわかっています。視床下歩行誘発野、橋網様体の橋被蓋核などがそれに当たります。これらの領域は歩行の開始と速度の調節に関わっていると考えられています。

人間においても中脳被蓋領域の小さな梗塞によって起立と歩行のみが障害される症例がいて、ネコと同様に中脳に歩行誘発野が存在すると考えられています3)

ネコによる知見は、歩行のリズミカルな動きは脊髄にパターンの発生器があること、中脳や脳幹に歩行の開始と速度調整に関わる領域があることを示唆しています。

脳幹と運動皮質の歩行制御システム(ネコの脳)
MLR:中脳歩行誘発野
MRF:内側網様体
(「カンデル神経科学」P811より引用)

「カンデル神経科学」によれば20世紀初頭の歩行運動の研究から以下の4つの結論が導かれるとしています(P800)。

1.脊髄より上位の神経中枢からの指令は、歩行運動の基本的な筋活動パターンの形成には必須ではない。
2.歩行運動の際の基本的な律動的筋活動パターンは脊髄に局在した神経回路によって形成される。
3.この脊髄の神経回路は、脳からの下行性の持続的な信号によって調節される。
4.筋活動パターンを形成する脊髄神経回路の活動には、感覚入力を必要としない一方、肢の固有感覚器からの入力に強く調節される。

さらに、上位中枢の歩行運動の制御様式は3つに分類できるとしています。「脊髄の歩行中枢を活性化し、歩行を開始させその速度を調節するもの、肢からの感覚フィードバックを受けて歩行を調節するもの、そして視覚情報をもとに肢の運びの舵取りをするもの」です(「カンデル神経科学」P809)。

これらの要素に、前回の記事でとりあげた静的姿勢の要素が加わっていると言えるでしょう。例えば歩行動作自体は一見問題なく遂行できるとしても、垂直性の認知や予測姿勢制御が正常に働かないと、上手く歩行ができないということです。

まとめると、下肢のリズミカルな運動は脊髄に局在する神経回路によって形成されます。その起動や調整に関しては上位中枢の働きが必要になります。

人間の場合はネコや四足歩行の動物と違って、多くの場合、脊髄損傷では下肢の運動は誘発されません。それは二足歩行という複雑な機構を備える中で、上位中枢への依存度が高くなったと考えられます。しかし、人間の脊髄損傷患者においても、刺激によって下肢の歩行パターンの動きが誘発される報告が見られます(「カンデル神経科学」P813-815)。

パーキンソン病の歩行、運動障害

ここではまず実際の臨床でよく見られる「突進現象」「すくみ足」「小股歩行」についてその特徴をまとめます。

突進現象

歩行時において、前屈姿勢のまま徐々に早足になり、つま先に体重がかかり自分では止まることができない症状を「突進現象」と呼びます。臨床上では前方への突進現象がよく見られますが、パーキンソン病の歩行、運動障害において、最も早い段階で見られるのが後方の突進現象とされています1)

テストでは患者様の後ろに検者が立ち、後方にバランスを崩しても転ばないようにします。その状態から両肩を後方に素早く引くと、健常者であれば足を後ろに踏み出して転ばないように制御できますが、パーキンソン病の患者様の場合はそのまま足が出ずに棒状に倒れるか、後ろに出す足が止まらないで後方に突進現象が起こります。

文献1によれば、後方に出る足が2歩までなら陰性、倒れるか3歩以上足が出るなら後方突進陽性としています。

突進現象は後述のすくみ足と合わせて転倒の危険因子になります。高齢者の場合、手をつこうとしてコレス骨折(橈骨遠位端骨折)、病気が進行すると素早く手を出すことができずに顔から床に落ちて、打撲することもよく見られます。

すくみ足

歩行時の第一歩目がなかなか出ない症状で、出そうとして出ないので足が震えるように見えます。一度歩き出すとスムーズになることもありますが、途中で止まるとまた出にくくなることが多いです。また、ベッドや椅子などの目標物に近づいた時や、狭い場所を通過する時などにも起こりやすくなります。

床の目印をまたぐように指示したり、階段昇降では出現しないことがあり、逆説性歩行(Kinesie Paradoxale)と呼ばれることもあります2)。すくみ足の8割はWearing-off時のある患者様のオフ時に出現しますが、2割は薬の効果に関係なく起こるとされています1)

小股歩行(小刻み歩行)

突進現象やすくみ足とは別に、パーキンソン病の患者様では小股でチョコチョコした歩行が目立ちます。支持基底面が狭くなり、突進現象に対する反応が行いにくくなり、さらに転倒の可能性を助長します。

歩行、運動障害の原因

これらの症状について責任病巣ははっきりとはわかっていません。ある責任病巣によりひとつの症状が出現するという解釈よりも、いくつかの問題が複合して強い症状となるように思います。そのような意味ではこれらの症状は別々のものではないと解釈できるかもしれません。しかし一方で、例えば「突進現象」はあるけど「すくみ足」はほとんどないというような患者様を臨床で見たことがあると思います。それぞれの症状に関して強く作用する要素はおそらく存在します。それらに関して確証している文献はもちろんないのですが、様々な研究や知見を集めて、ここでは推論していきたいと思います。

突進現象の原因

前回の記事で触れましたが、パーキンソン病の患者様では身体の重心の認識が後方に偏っているという報告があります。その代償により前屈姿勢が生み出されるとも考えられ、垂直性の異常が突進現象を起こしやすくしている可能性があります。

→ 参考記事「なぜ、そこまで傾かなくてはいけないのか? ~パーキンソン病の姿勢障害について

つまり、パーキンソン病の患者様は後方に偏っているという誤った身体の認識のために、本来の正中位置よりも重心を前方に移動させています。病気が進行するほどその傾向は強くなるでしょう。そこにさらに予測的姿勢制御の問題や無動や固縮による反応の低下が重なって、ステップを踏むことが間に合わないことが考えられます。

後方突進については、もともと人間の構造は後方にステップを踏みやすいようにはできていません。股関節の可動域は屈曲よりも伸展の方がはるかに少ないです。さらに前屈姿勢によって歩幅が大きく踏めない環境にあります(それは実際に身をかがめて後ろ歩きすればご理解いただけると思います)。そこに固縮や無動により動きの変化への対応が低下し、さらに予測的姿勢制御も障害されていることから、前述のテストのように一度重心が後ろに逸脱すれば、後方に突進現象が起こると考えられます。

すくみ足の原因

私たちが歩行する時、下肢を交互に宙に浮かせて前進させます。その際、もう片方の下肢は支持に働きます。下肢が適切に振り出されるためには、もう片方の下肢に重心を移す必要があります。

そのような準備的な運動をするには「予測姿勢制御」が必要で、まず、すくみ足が起こる患者様に関してはその障害が考えられます。また、ネコにおいて中脳歩行誘発野が抑制されると、歩行開始の遅延、歩行速度の減少、歩幅の減少などパーキンソン病と類似する歩行パターンが誘発され4)、この部分の問題もすくみ足に関連すると考えられます。

予測姿勢制御に関与するのは補足運動野と呼ばれる部分です。パーキンソン病患者の場合、補足運動野は大脳皮質-大脳基底核ループによって抑制が強くなります。また、中脳歩行誘発野は大脳基底核-脳幹系によって抑制作用を受け、こちらもパーキンソン病によって機能低下が考えられます。

補足運動野、中脳歩行誘発野ともに橋・延髄網様体に投射していて、そこから網様体脊髄路を介して脊髄と連絡します。網様体も大脳基底核-脳幹系による神経線維の連絡があり、パーキンソン病患者様の場合、おそらくそこでも影響を受けていると考えられます。補足運動野、中脳歩行誘発野についてはいくつかの部位で抑制を受けており、パーキンソン病の場合はその抑制が強くなることで「すくみ足」が出るのだと推測できます。

すくみ足は一度動き始めるとしばらくスムーズに動けることがよく見られますが、それは予測姿勢制御が強く必要なのが動作開始時であり、中脳歩行誘発野が最も機能するのが歩行開始時であるという点と整合しています。

また、床の目印を利用するとすくみ足が軽減するという経験がある方もいるでしょう。これはブロードマン脳地図のarea6の特徴で説明することができます。area6の内側を補足運動野、外側を運動前野と言います。

一次運動野、補足運動野、運動前野(文献6 P627より引用)

area6の補足運動野も運動前野もarea4の一次運動野と豊富な神経連絡を持ちます。area6では「運動の随意性」や「姿勢制御」のプログラムを生成し、前者はarea4から外側皮質脊髄路を介して随意運動に、後者は皮質ー網様体投射と網様体脊髄路を介して姿勢制御に寄与すると考えられます3)

補足運動野と運動前野の違いは、前者が内的な手がかり刺激によって起こる運動を司り、後者は外部からの感覚によって起こる運動を司るとされています2)。ご自身でイメージして運動を起こすことについては補足運動野ですが、とっさに何かの刺激に反応したり、外的な因子に対してそれに沿って動くのは運動前野が主に働きます。

運動前野については視覚野→運動前野→一次運動野と大脳基底核を直接介さないルートで運動が発現できるため、それゆえに視覚の代償によってすくみ足が解消されやすいと推測できます2)

小股歩行(小刻み歩行)の原因

小股歩行については、あまり文献でも取り上げることが少ないように思います。突進現象やすくみ足と違い、転倒の間接的な因子にはなっても、直接の原因になることが少ないからかもしれません。

ネコを用いた研究では、黒質網様部から歩行誘発領域への抑制出力の増加により、歩行開始の遅延、歩行速度の減少、歩幅の減少などパーキンソン病と類似する歩行パターンが誘発されたとしています4)。小股歩行の原因のひとつとして中脳歩行誘発野の影響が示唆されます。

また、前屈した姿勢では、歩行開始肢位ですでに股関節の屈曲が起こるため、必然的に大きく足を出すことができません。これは実際に自分の身体を前屈位にして歩いてもらうとわかると思います。

あるいは身体の機能上、バランスの大きな乱れに耐えられないため、防御的に重心の移動を少なくしていることも考えられます。

その他の知見

歩行や動作には脳の多くの部分が関与しており、上記に挙げた以外の部分でも障害に影響している可能性はあります。

「カンデル神経科学」(P937)には「側頭頭頂皮質は感覚情報を統合しているようであり、身体の垂直性の知覚について内部モデルを保持している可能性がある。島皮質の病変は視覚垂直性の知覚を障害し、上頭頂皮質の病変では姿勢垂直性の知覚が障害される。どちらの病変も、不安定な支持面の上に起立した時の平衡維持を障害する可能性がある」と記載されています。

おそらくこれは一例であり、この他にも多くの脳の部分がパーキンソン病の歩行、運動障害に複雑に影響していると考えられます。また、今後新たに解明される知見もあるはずです。ご理解の上で当ブログの内容も参考にしていただければと思います。

まとめ

パーキンソン病の歩行、動作障害について、主に「突進現象」「すくみ足」「小股歩行」を中心にまとめました。前述の通り、歩行、運動には多くの脳の部分が関わっており、これで全てを表したとは思いませんが、パーキンソン病において動作の問題となる基本的事項をまとめられたと思います。

今回の記事では特に「図説 パーキンソン病の理解とリハビリテーション」(文献2)、「大脳基底核による運動の制御」(文献3)、「カンデル神経科学」第36章、第41章(文献5)を多く参考にしました。この記事の内容に疑問がある方やもっと深く知りたい方は、そちらも見ていただくと良いと思います。

主な引用・参考文献

1)水野美邦「パーキンソン病の診かた、治療の進めかた」中外医学社.2012
2)山永裕明、野尻晋一「図説 パーキンソン病の理解とリハビリテーション」三輪書店.2010
3)高草木薫「大脳基底核による運動の制御」臨床神経学49:P325-334.2009
4)高草木薫「大脳基底核の機能;パーキンソン病との関連において」日本生理学雑誌65(4):P113-129.2003
5)Eric R Candel etc、金澤一郎 他(監)「カンデル神経科学」メディカル・サイエンス・インターナショナル.2014
6)坂井建雄,河原克雅(総編集)「カラー図解 人体の正常構造と機能 改訂第2版」日本医事新報社.2012
7)網本和(編)「傾いた垂直性」ヒューマン・プレス.2017
8)中野隆(編著)「機能解剖で斬る神経系疾患」メディカルプレス.2011