筋緊張を学ぶための書籍案内

おすすめの書籍・教材

4月から筋緊張のメカニズムについて3つの記事にまとめました。

〈参考記事〉
筋緊張を考える」4月18日更新
筋紡錘とゴルジ腱器官(筋緊張を考える②)」4月29日更新
筋緊張を調整する中枢神経系(筋緊張を考える③)」5月16日更新

セラピストや治療家にとって筋緊張は関わりが深く、問題になりやすい現象ですが、いざ文献を読んでみると、それほど扱いは大きくありませんでした。

私は書籍を開けば「○章 筋緊張について」というようにまとめられた部分があると期待していたのですが、目を通した書籍の中には、そのような箇所はありませんでした。

それに必ずしも多くのページをとって説明しているわけでもありませんでした。そのような中で調べるには、書籍の中で筋緊張について書かれた部分を各章から拾い上げて、自分でまとめていく必要があります。

なぜ、まとめられた記述もページ数も少ないか考えると、ふたつのことが思い付きました。ひとつは現在の神経生理学でも十分に解明されていない部分があり、概論としてまとめにくいことです。もうひとつは推測でしかないのですが、他の医療従事者にとって、セラピストや治療家ほど筋緊張という現象を重視していないのかもしれません。

さらにもうひとつ要因を挙げるとすれば、書籍全般に言えることですが、知識をまとめるための制約が考えられます。

例えば「カンデル神経科学」という書籍で説明すると、筋緊張と関わりが深い項目は「第35章 脊髄反射」「第40章 前庭系」「第41章 姿勢」「第42章 小脳」「第43章 大脳基底核」があります。筋緊張に関する知識はその各章にまたがって記載されています。図にすると下のようになります。


そのため、各章の筋緊張について書かれた部分を自分で探してまとめる作業が必要になります。一見、ひどく非効率に見えますが、もしこれが仮に筋緊張でひとつの章立てがされていたらどうなるでしょうか。


逆に今まで章立てされていた部分が各章にまたがることになります。これは極端に書いていますが、大量に知識をまとめようとすると、何かの視点で知識を分けなくてはいけません。その区分の方法によって、分散される項目が出てきます。それが「カンデル神経科学」では”筋緊張”ということになります。

他の書籍でも同様に「筋緊張」については分散して記載されていることが多く、調べようと思うと自分でまとめる必要があるように思います。

前置きが長くなりましたが、それでは書籍の案内に移りましょう。

カンデル神経科学

おすすめ

神経生理学についての巨頭とも言える書籍で、ノーベル医学・生理学賞受賞者のエリック・カンデル博士を筆頭に、執筆陣にその世界の権威が並んでいます。書籍に含まれる知識量は膨大で、この書籍全体の評価で言えば当然星5つとするべきだと思います。しかし、筋緊張という分野については特に詳しいというわけではなく、そこで今回は星4つの評価になっています。

とは言え、例えば筋紡錘の内部構造が核袋線維が2~3本、核鎖線維が5本ほどとまで書かれていて、詳しくないと言っても記述は高いレベルにあると言えます。説明の図も分かりやすく、質が高い書籍であることには間違いありません。記事でも多く参考にしました。

また、筋緊張に限らずですが、この書籍に書いてある内容についてはある程度信用ができるので、文献ごとに曖昧な記載で迷うことがあれば、この「カンデル神経科学」を頼りにしています。

機能解剖で斬る神経系疾患 第2版

おすすめ

著者の中野隆先生は専門学校時代に解剖学を習ったことがあり、その分かりやすさは講師陣で文句なく1番でした。主に神経系を教えていたのですが、講義の特徴は神経の解剖学を配線のように模式図で説明するところでした。どことどこが繋がってとか、どこで伝導路が交差してなど走行を図でわかりやすく説明していただきました。

機械のようにすらすらと説明が出てきて、時間も毎回ほぼピッタリに終わり、例え話も軽妙で面白く、20年以上前の話ですが今も授業の内容を覚えています。背景にその高い知識と豊富な授業経験があったのだと今さらながら感じます。

この著書もその中野先生の特徴がよく出ていて、神経伝導路の走行についてはどの本よりも分かりやすいと思います。機能解剖と臨床症状を結び付けて分かりやすく説明し、例えが非常に豊富で、知的好奇心を喚起させてくれるような部分が多く見られます。

この書籍全体であればおすすめ度は文句なく星5つです。しかしこの本も、筋緊張についてはそれほど多くページを割いているわけではなく、この評価になっています。

除脳硬直、除皮質硬直について、赤核脊髄路と前庭脊髄路とともに詳しく解説しており、中枢系の制御がいかに筋緊張に影響を与えているか、臨床にいる人間としてはこれ以上なく説得力ある説明をしています。

「カンデル神経科学」は素晴らしいのですが、量が膨大過ぎるがゆえに、初歩の段階では知識の迷子になりがちです。これは神経学を学ぶ上で橋渡し的存在になれる書籍ではないかと思います。

人体の正常構造と機能 全10巻縮刷版 改訂第3版

おすすめ

この書籍は、消化器系、循環器系、神経系など各分野ごとに10冊に分けて出版したものを、1冊の縮刷版としてまとめたものです。縮刷版ですが特に見にくさなど私は感じませんでした。

解剖生理学に関して、カラフルな図を交えてわかりやすく説明していて、人体の基礎的な知識をひと通り学ぶには良い書籍だと思います。何か調べようと思った時に、「カンデル神経科学」では急に森の真ん中に入るようなもので、前述の「機能解剖で斬る神経系疾患」のように、まずこの本でスタンダードな知識を概観して、必要に応じてカンデル神経科学や後述の「筋感覚研究の展開」を読むようにしていました。

神経系だけでなく他の臓器についても書かれていて、この本も全体を考えれば、星5つのおすすめだと思います。しかし、前述の2冊と同様に筋緊張についてはページは少なく、そのような点で星4つとなっています。

神経系に限らず、より詳しく勉強しようとするとさらなる専門書が必要だと思いますが、こちらも「機能解剖で斬る神経系疾患」と同様に人体を勉強する上での橋渡し的な書籍として良いのではないかと思います。

筋緊張に挑む 筋緊張を深く理解し、治療技術をアップする!

おすすめ

多くの書籍が筋緊張について横断的であったり、分散して記述している中、これは筋緊張に正面から向き合った珍しい書籍と言えます。それだけに期待が高かったのですが、実際に読んでみると課題が多いという感が否めませんでした。

本の構成としては、前半で筋緊張についての生理学や評価法など基礎事項を説明し、その後、脳卒中、脊髄損傷、脳性麻痺など各疾患ごとに知見が書かれています。

しかし、生理学については詳しさが足りず他の書籍を多く紐解くことになり、各疾患ごとの知見も私としては目を引く部分が少なかったです。解剖生理学とのつながりが見い出せなかったり、一部の研究結果の引用だけでほぼ終わったり、一般的な運動療法の考えを概論的に示しただけであったりと、期待に比べると物足りなさを感じました。

各項目を別の執筆者が担当していて、ページ数が少ないことも影響しているかもしれません。それにこのような書籍では標準的な知見しか書けないという事情もあるかもしれません。脇元幸一先生(オリンピック日本代表など、スポーツ分野において長年活躍、2018年に死去)のように臨床で実績を残してきた執筆者もいる中でこのような内容になっているのは、構成や書籍の性質上、筋緊張という未知が多い分野については表現が難しい部分もあると推測はできます。

一部、面白いと思ったところもあり、例えば「頚部・体幹および顎・筋緊張の診かた」(濱崎寛臣)では、限られたページで局所解剖やアライメントを図示して、自身の臨床での具体的評価法まで言及しており、丁寧で誠実な姿勢が伝わってきます。この著者は勧める文献で「筋骨格系のキネシオロジー」と「介助にいかすバイオメカニクス」を挙げていました。2冊とも運動学の基礎的な書籍で、臨床に対して非常に真摯な印象が伝わりました。

中枢神経疾患由来の筋緊張についてはリハビリでは治療が難しい部分もありますが、そうでない疾患については結果を残しているセラピストもいるはずで、少なくてもそのような分野についてはもっと掘り下げることができたのではないかと感じました。そうなると書籍の構成上の問題も大きいように思います。

アマゾンのレビューでは好意的な評価もあるので、学習者によっては良い書籍なのかもしれませんが、テーマが意欲的であるがために、私としてはもっと期待をしてしまいました。

ブログの記事においては、筋緊張における生理学や臨床症状において、他の著書を補う形で参考にしました。

筋感覚研究の展開 改訂第2版

おすすめ

筋感覚とタイトルにありますが、筋肉に対する制御についても広く言及されていて、他の書籍にはない細かい知見が記述されていました。

中枢神経系と筋紡錘、ゴルジ腱器官との関連について、それぞれの下行運動路がどのように影響しているかは、目を通した中では、この書籍にしか載っておらず、そのような詳細な部分においてとても重宝しました。

この本については論文集であり、純粋な論文に比べると図も補足されているように思いますが、それでも理解することにあまり気は配られていないように感じます。一般的な知識がない中でこの本を紐解いても、難解過ぎて知識を得ることは難しいでしょう。私もカンデル神経科学や他の書籍で分からない部分があれば、その点について書かれていないか、あるいは関連箇所で記事に役立つ内容はないか、そのような目的で読んでいました。

そのような意味で一般には補足的に用いる書籍だと思うので星3つの評価にしています。

まとめ

4月からのシリーズ記事「筋緊張を考える」でよく参考にした書籍について紹介しました。あらためて思い返しても、主軸になる書籍はなく、現状で筋緊張を深く理解するには複数の書籍が必要に思います。今後、筋緊張について質の高いまとまった知識を収録した書籍の発刊が待たれます。セラピストや治療家にとって筋緊張は多く突き当たる問題だけに、私としても今後も追究、勉強していこうと考えています。