無動・寡動はなぜ起こるのか?(パーキンソン病のメカニズムとリハビリ⑦)

パーキンソン病

パーキンソン病の主要症状のうち、「動作緩慢」「筋固縮」「振戦」「姿勢反射障害」を四大徴候と呼びます(姿勢反射障害を除いて三大徴候と呼ぶこともあります)。

「動作緩慢」は臨床では「無動」「寡動」と呼ばれることも多いと思います。「寡」とは少ないという意味で、重症の寡動を無動と呼びます。また、運動開始の障害を無動、運動速度の低下を寡動というように分類することもあります1)2)。表情が乏しくなる仮面様顔貌も顔面筋の無動、寡動と考えられています。仮面様顔貌が強くなっていくと、額にしわを寄せて瞬き少なく一点を凝視する表情が多くなってきます。

臨床でパーキンソン病の患者様と接する機会がある方は、パーキンソン病の無動、寡動はごく当たり前の症状としてよく見ているのではないでしょうか。また、パーキンソン病でなくても高齢者の方ではよく似た動きをする方もいます。私事ではありますが、私の祖父はパーキンソン病や類似疾患の診断はなかったのですが、パーキンソン病の方とよく似て非常に動作がゆっくりで不思議に思ったものでした。高齢になるにつれて、どのような人でも脳の神経細胞が脱落、変性していきます。私の祖父は中脳黒質の老化に伴うパーキンソン症状だったと考えられます。

このように私たちの周りでよく見ることができる無動、寡動ですが、それがどのようなメカニズムで起こっているのか、それを理解するには脳神経の機能解剖の知識が必要になります。

1983年にデロングが大脳皮質-大脳基底核のループ概念を提唱、1990年にアレクサンダー、クラチャーが基底核ー視床ー大脳皮質の神経回路網を発表したことは以前の記事で紹介しました。これが無動・寡動のメカニズムを考える上で知識のベースになります。以前の記事で大脳皮質-大脳基底核ループについて簡単に説明しました。

その記事はこちら
→ 大脳基底核の解剖学(パーキンソン病のメカニズムとリハビリ⑥)

今回はさらに大脳皮質-大脳基底核ループの理解を深めて、「無動」「寡動」のメカニズムを明かしていきたいと思います。

運動系ループ

大脳皮質-大脳基底核ループは、大脳皮質→大脳基底核→視床→大脳皮質とループを形成して、運動、情動、感情、意欲、動機付けなどに関与しています。そのうちの運動ループと呼ばれるものは、大脳皮質のうち、1次運動野、運動前野、補足運動野から主に被殻に移り、さらに直接路と関節路を介して、淡蒼球内節腹外側部、黒質網様体尾外側部から視床の外側腹側核吻側部、内側部を経て、もとの大脳皮質に戻ります2)。言葉だと分かりにくいので、図示したのが下の図です。

図1 運動ループの模式図(文献1、2をもとに作成)

1次運動野、運動前野、補足運動野の相互関連と、さらに大脳基底核との関係を示すと、下の図が最もわかりやすいと思います。

図2 皮質運動関連領野と大脳基底核間の機能ループ(引用:「図説 パーキンソン病の理解とリハビリテーション」P18より)

直接路と間接路

さて、図1のうち、直接路と関節路の部分について、よりクローズアップしてみたいと思います。

図3 直接路と間接路の模式図(文献1を参考に一部改変)

大脳基底核の入力部である被殻から直接出力部の淡蒼球内節、黒質網様体につながる直接路と、淡蒼球外節と視床下核を経由する間接路があります。これに加えて、大脳皮質から視床下核に投射するハイパー直接路もその存在も提唱されていますが、無動、寡動のメカニズムに直接関係しないため、今回は説明を割愛しています。

視床下核とは視床の下方に位置する神経核であり、別名Luys体あるいはLuys核とも呼ばれます。Luysの名前は最初に記載したフランスの神経学者Jules Bernard Luysに由来しています。Luysはルイスでなくルイと発音します1)

視床下核の位置についてはこちらの記事に図が引用されています。
→ 大脳基底核の解剖学(パーキンソン病のメカニズムとリハビリ⑥)

興奮性ニューロンと抑制性ニューロン

以前の記事でニューロンは神経伝達物質と受容体の関係によって、興奮性と抑制性に働きが変わると書きました。
→ 超基礎から学ぶ神経講座

興奮性ニューロンに抑制性ニューロンが作用すると興奮が弱まります。抑制性ニューロンに興奮性ニューロンが作用すると抑制が強くなります。抑制性ニューロンに抑制性ニューロンが作用すると抑制が弱くなります。いくつものニューロンが複雑に絡み合うことで、微妙な身体の調節をしています。

図3では直接路、間接路について興奮性と抑制性に図示しました。直接路は視床に対して抑制性に働きます。間接路は新線条体ニューロン(図3の間接路①)、淡蒼球外節ニューロン(間接路②)、視床下核ニューロン(間接路③)と経由しますが、最後の視床下核ニューロンが興奮性なので、基本的な働きは興奮性です。その視床下核ニューロンの興奮性作用を、新線条体ニューロンと淡蒼球外節ニューロンが調節していると言えます。

さて、興奮性、抑制性の分類を運動ループ全体に広げると次のようになります。


この図を見ると分かるように、淡蒼球内節、黒質網様体から視床に向けては抑制性ニューロンが作用しています。つまり、大脳基底核(あるいはそれに類する働きをする神経核)は、視床に対してブレーキをかける働きをしているということになります。

ドーパミンと黒質線条体線維 ~無動・寡動のメカニズム

最後に、これら機能解剖学とパーキンソン病の病理を結びつけて、無動・寡動のメカニズムを表したいと思います。

中脳黒質から新線条体には黒質線条体線維がつながっています。黒質線条体線維に活動電位が発生すると、神経終末からシナプス間隙にドーパミンが放出されます。ドーパミンは直接路の受容体(D1受容体)には興奮性に、間接路の受容体(D2受容体)には抑制性に働きます。

図4 運動系ループと黒質線条体線維(文献1を参考に一部改変)

つまり、ドーパミンは直接路、間接路を介して大脳基底核から視床へのブレーキを弱める働きをしています。

ドーパミンは黒質の緻密部で産生されます。パーキンソン病の進行により黒質に障害が起こり、ドーパミンが新線条体から極度に欠乏すると、視床へのブレーキが強くなります。これにより運動の発動性が損なわれます。これが無動・寡動のメカニズムです。

大脳皮質と大脳基底核のループは情動、意欲、動機付け、認知機能にも関わっており、ドーパミンの不足はそれらにも影響します。無動・寡動にはこれら精神・認知面の発動性の低下も深く関係していると考えられます。

主な参考・引用文献
1)中野隆(編著)「機能解剖で斬る神経系疾患」メディカルプレス.2011
2)山永裕明、野尻晋一「図説 パーキンソン病の理解とリハビリテーション」三輪書店.2010
3)小阪憲司・織茂智之「「パーキンソン病」「レビー小体型認知症」がわかるQAブック」メディカ出版.2011