セラピストのキャリア形成について私が思うこと

キャリア構築、生き方

キャリア形成は、いわば「その人の仕事上の生き方」です。私たちにとっては「セラピストとしての生き方」となります。

若いうちから計画立てて何かの道に邁進するのも、何も考えずに流されるように仕事していくのも「生き方」です。人生観や価値観によって目的も変わるので、キャリア形成に優劣はありません。しかし、キャリアの積み重ね次第で、何年か先には人生に大きな違いが出てきます。

キャリアの初期において、自分が何をしたいのか将来像や目標を持つのは、なかなか難しいことです。試行錯誤して色々見た末に本当に自分のやりたいものにたどり着くこともあります。目的を探すプロセスにもまた意味があります。焦る必要はないと思います。

この記事はセラピストのキャリア形成について、私が今まで考えたことや気付いたことを書いたものです。繰り返しになりますがキャリアは「生き方」であり共通解はありません。それぞれで答えを探す必要があります。目的が見つからず、迷っているセラピストたちに少しでも参考になれば幸いです。

キャリア形成とは何か? ~目的と目標について

本題に入る前に「目的」と「目標」の違いをお話ししたいと思います。多くの人は普段、区別なく使っているのではないでしょうか。目的というのは最終的に到達したい場所、ゴールです。それに対して目標というのは、目的にたどり着くまでの中継地点です。「標(しるべ)」という漢字には”目印”という意味があります。ゴールに行くまでの目印というわけです。

なぜ、このような話を最初にしたかと言うと、キャリアの浅いセラピストの多くが、本来、目標とすべき地点と目的を勘違いしていることが往々にしてあるからです。

例えば「患者さんを治したい」とか「あの手技を使えるようになりたい」とか「資格を取りたい」というのは目標です。大きな目標かもしれませんが目的とは違うと思います。

患者さんを治せても、手技を使えても、資格を取っても、その中心には「自分」がいます。自分とは樹木で言えば「幹」の部分です。その幹を大きく成長させていくのがセラピストとしての本当の目的です。それを突き詰めると「セラピストとしてどう生きたいか」というテーマにつながります。

お金をたくさん持っていても、それで何を実現するかが重要であって、そこでは人間の価値観や人生観が問題になります。同様に手技や資格があっても、それを扱う人間が大切になります。

「患者さんを治したい」というのは一見、目的のように見えるのですが、基本的に治るのはその人自身の問題です。治療者は影響を与えることはできるかもしれませんが、その問題に関して主体ではありません。自分が主体でないものを自分の目的にはできません。

セラピストのキャリアとしての「目的」は、最終的には「生き方」とか「スタイル」とか「哲学」という境地に行き着くように思います。実は目的というのは多くが抽象的なものです。

もしかしたら、今の段階ではスッと心の中に入っていかないかもしれませんが、これから話す内容の前提になることなので、まず伝えさせていただきました。

自分を知ることが大切

「自分がやりたいものはなに?」と聞かれても、案外答えられない人が多いと思います。むしろ、答えられる人の方が少ないのではないでしょうか。

「目的なんてなくていい」「毎日現状維持で行ければよい」と考えているなら問題ないと思います。でも、向上心があるのに、そのエネルギーの矛先が見つからず悶々としているのなら、早く目的やそれにつながる目標を見つけて、そこに時間を注いだ方が良いでしょう。

そのような人へのアドバイスとして、まず自分がどのような人間なのか考えてみることをお勧めします。人は自分がどのような人間か意外にわかっていないものです。自分はいわば最も大切な「商品」です。商品の良さを分からずにプロデュースはできません。特に長所、どのようなことが得意なのか考えてみると良いでしょう。例えば・・・・・・

・普段仕事していて、患者さんから説明が分かりやすいとよく言われる
・勉強会を頼まれたけど、資料作りなら、いつまでやっても苦にならない
・スタッフ同士の調整役は上手だと思う
・病院の経営状況に興味がある
・やはり、患者さんと接している時が一番好きだ

そのような日常業務に表れるちょっとした徴候もヒントになります。長所や好きなことというのは自分の武器につながります。逆に自分の苦手なことも頭に入れておきたいところです。

私は病院在籍時に翻訳の仕事をしていたという実習生を担当したことがあります。自分でも他人とコミュニケーションをとるのが苦手だと話していて、実際に話をしてみても、かなり厳しいものがありました。その人においては、臨床で患者様と接することが苦手だったとしても、コツコツ何かを続けることが得意なら、研究などに向いているかもしれません。また、外国語ができることを武器にして、外国の治療とつなぐ架け橋的な役割ができるかもしれません。

一見、仕事と関係なさそうな特技(趣味でも良いです)でも、上手く組み合わせることで、大きく飛躍したり、思いもよらない活動につながったりします。それがその人の個性となりセールスポイントになります。

『必ず食える1%の人になる方法』『35歳の教科書』などの著者で知られる藤原和博さんも、複数の突出した技能を組み合わせることを勧めています。少し長いですが著書の一部から引用します。

最も大事なのは、「自分の技術とは何なのか」について自身と向き合って話してみることです。その技術は会社の外でも通用する普遍性を持っているか。十分に磨き上げられているかを、しっかり検証してください。
もうひとつは会社以外に打ち込めるものを見つけること。40代、50代と続けていけそうなテーマであり、仕事で培ったスキルと合体させると大きなパワーが出るような事柄を選ばなければなりません。
たとえば20代は広告代理店に勤めて、知識と技術をしっかり身につけてきたとしましょう。30代になったら、仕事はもちろんこれまでと同様に真剣に打ち込むのですが、同時に昔から好きだったことについても深く勉強してみる。ケースとして、「犬」に強い関心があったとします。
だったら、犬について本格的に学ぶ方法を考える。ブリーダー養成講座に通ってもいいし、通信教育を受けてみるのも手です。場合によってはブリーダーに転職して5年間修行してみるのもいいでしょう。
二つの職業(テーマ)で1000本ノックを受けたら、ツアーコンダクターとブリーダーの接点に「犬好きの人を対象としたツアーを企画する旅行会社」という新しい仕事が見えてくるかもしれません。
〈藤原和博『35歳の教科書』幻冬舎文庫より〉

私たちの仕事で例を挙げると、絵が得意だったら、医療系専門のイラストを副業にすることも考えられます。プレゼンの資料に身体の絵が欲しくても、既存の書籍からの抜粋は著作権の問題があります。そのような時、外部の人間に頼むとしても、医療の知識がある人とそうでない人では意思疎通がだいぶ違います。身体の知識があることで絵画の技術に別の価値がつきます。

自分の長所と短所を知って仕事と上手く結びつけることは、キャリアを形成していく上でとても大切になります。自分がやりたいことと違うと言う人がいるかもしれませんが、技能が上達することで見えてくる世界もあります。もし、しっかりした目的を見つけられないでいるなら、まず自分の長所を生かしたキャリアを積み上げていくのも有効な道のりだと思います。

本当は何をしたいのか考える

次に自分が本当は何をしたいのか考えます。それは例えば小児とかスポーツとか分野を決めても良いのですが、それとは違った角度から見てみるのも良いと思います。

私は長い臨床経験でたくさんの療法士を見てきましたが、意外に思われるかもしれませんが、患者さんと接して治療することが好きな療法士ばかりではありません。そこがポイントだと思います。

治療より経営が好きな人も、何かを調べることが好きな人も、他人に教えることが好きな人も、組織の中で人を管理することが好きな人もいるわけです。一徹に治療を追求したい人もいます。それらの組み合わせの人もいます。

それを仮に経営者タイプ、学者タイプ、教育者タイプ、管理者タイプ、職人タイプと分けるとします。このタイプ分類がセラピストとしての目的に導くひとつの指標になるように思います。

経営者タイプであれば、起業する知識を蓄える必要があり、そのためのキャリアを積むことが重要になります。どのような業種を起業したいか考えて、場合によっては、その業種に就職して給与をもらいながら情報やノウハウを得ることもできます。料理人が名店で修業してから独立するのと同じです。
私の知っている理学療法士も、仕事が終わった後に大学院で経営学を学び、その後訪問看護ステーションに就職して、おそらく実際の感触を学んだのでしょう。自分で訪問看護ステーションを立ち上げました。今も順調にいくつかのステーションを経営しています。

学者タイプであれば、そのような研究ができる病院や機関を目指すことも良いでしょう。大学など専門機関で研究を続けるとすれば研究の技法自体を学ぶことも大切です。臨床現場で研究をしたいのか、もっと学術的な研究をしたいのか、その志向によっても若干キャリアの積み方は変わります。大学で研究をしたいのであれば、自分自身に臨床での大きな知名度があって招かれるか、あるいは大学院など研究員としてのプロセスを積む必要があります。もしかしたら、学会などでの発表実績も必要かもしれません。

教育者タイプについては、どのような教育者になりたいかも大切になります。教員になりたいのであれば、大学や専門学校に就職すれば良いのですが、例えば専門学校の教員というのは必ずしも講義ばかりをしているわけではありません。講義は外部講師に依頼して、教員はそれら講師への対応や、学生の実習先の確保、訪問、日常の世話など、雑務も多くあります。そのような学生との関わりを求めているのならそれで良いのですが、人に教えるのが好きで教員になりたいのであれば、そこはよく考える必要があります。
場合によっては研究者になって、知識を深めた上で教壇に立つ人もいるでしょうし、臨床で大きな成果を出してセミナーで教える立場になる人もいます。教育者としての素養や希望があったとしても、その道は様々なので自分が考えているイメージと近い道を選ぶ必要があるでしょう。

管理者タイプでも、その人がどのような管理者を目指すかによってプロセスが変わってきます。多くの職場では、ある程度キャリアを積んでいくと自然と役職が上がります。人数が少ない職場であれば早い段階で一番上の役職に到達するでしょうが、多くのスタッフがいる職場ではそこに至るまで時間がかかります。
国公立ではある程度の年数に沿って階級が上がっていきますので、能力が認められても、すぐに昇級というわけにはいかないかもしれません。反面、国立病院のように管轄下に複数の病院があるとポストもその分あるということで、転勤という過程も出てきますが、考え方によってはメリットもあるかもしれません。
私立病院や公立でも転勤がない病院では、上司が退職しない限り、おそらく一番上の立場にはなれません。
どのような環境で管理者になりたいのか、どうしてもトップになりたいのか、それらを見極めて早い段階で適した環境に身を置くことが大切だと思います。他所での実績を評価されて招かれるのでなければ、その職場に在籍している年数が昇級に大きく関与するためです。

職人タイプの場合、自分の技術を磨くことを大きな喜びとします。現在いる環境で技術を磨いて満足できるのであればそれで良いと思います。しかし、自分の技術をより生かせる環境に身を置きたいというのは、このような人たちにとってむしろ自然な欲求です。学んでいる分野とあった職場を選んで、さらに技術を磨くのもキャリアのひとつですし、経営の素養があれば整体やサロンなどを起業して、自分のスキルにあったクライアントを治療し続けるのも道のひとつだと思います。起業については、治療技術だけが経営に関わるわけではないので、安易に勧めるわけにはいきませんが、療法士でも整体という分野で活躍する人材が増えてきています。その際は自分の治療の中でも武器となるセールスポイントが必要であり、起業の知識と合わせて、勤務時代から準備をしていくことが大切だと思います。

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以上、ここでは5つのタイプを例にあげました。この説明を聞くと、「患者さんを治すこと」「手技を使えること」「資格を取ること」が目的ではなく目標であることが何となくお分かりいただけたのではないでしょうか。

実際にはもっと多くのキャリアの積み方があります。例えば、最近は治療と直接関係のない一般企業に勤めるセラピストも増えています。セラピストの持っている知識が生かせる場所がそれだけあるということです。大切なことはその人の個性や長所を生かせることです。自分がどのようなタイプのセラピストなのか考えてみると、キャリア形成のイメージが浮かびやすいと思います。

キャリアは選択の積み重ね

実際に多くのセラピストと出会ってきて、そのプロセスを聞くと色々な道があるのだと気付かされます。
希望する分野にすんなり就職できる人もいれば、紆余曲折を経てようやく念願の職場に入る人もいます。夢見ていた職場だったのに続かない人もいれば、望んでいなかった分野で大成する人もいます。今では名前が知れたセラピストでも、そのキャリアの中には挫折や転機があったり、どこかで大きな決断をしていたりします。

キャリアというのは結局のところ、その人の選択の積み重ねです。何を学ぶのか、どのくらい学ぶのか、何を優先するのか、職場を続けるのか、辞めるのか、全てが選択です。多少、運とか境遇とかで左右される部分はありますが、道が一時期ずれたとしても、選択さえしっかりしていれば徐々に軌道修正されていきます。

選択なので時には迷いも出ます。目的がしっかりしていたとしても、そのプロセスでどちらを選ぶか判断が難しい場合もあります。私もちょっとしたことで迷う性質で、例えば、気になるセミナーが同じ日に重なっていたら、どちらに行くか延々と悩み続けます。一年間コースで構成されているセミナーは、他の受講ができなくなりますから、一年間の学びを計画するつもりで長い時間考えます。

ある程度経験を積むと、最初の段階に比べて視野が広がり物事の判断もつきやすくなります。しかし、キャリアを重ねることで迷いが増えることもあります。色々なものが見えることで選択肢が増えたり、情報が多すぎてかえって判断が難しくなったりするからでしょう。どんなに成長しても迷いはあるのだと思います。

結局のところ、 自分の楽しいと思えるワクワクすることをやればいい のであって、私が様々な経験を経て会得した、迷った時の選択基準がこれです。

考え方によっては、迷いもキャリアを形成する上での大切な要素だと思います。選択がキャリアとつながっていると自覚すれば、日々の生き方を大切にします。小さなことでも自分の将来とつながっていると考えれば、日々の行動が変わってくるでしょう。

物事が達成される時には何が起こるのか

キャリア形成をしていく上で、その方向性を決める目的や目標は大切なのですが、実際にはそれが上手く見つからない、あるいは長く続かないという人も多いかと思います。いくつか原因があると思いますが、よくあるパターンがその人にとって目的や目標の現実味がないということです。くわしく言うと達成されるイメージが頭の中にないのです。

もともと目的というのは抽象的な場合が多く、そこに到達するまでに何をすれば良いのか目標も立てづらいです。特にキャリアが浅い場合、持っている情報自体も少ないため、「なりたいけど、実際に何をすれば良いのかわからないし、今の環境では無理だよね」となってしまいがちです。

物事が達成される時と言うのは偶然の産物を除けば「できる」と信じる気持ちが出てきます。脳が実現可能だと思い始めるのです。私は海外旅行をしたことがないので、どうすればハワイに行けるのかわかりませんが、ネットで「はじめての海外旅行」とかのサイトを探して調べればなんとか旅行ができるだろうと思います。しかし、行き先が南米の小国でツアーなど使わず、宿も個人で予約して、と言うことになれば、多分難易度の高さに諦めてしまうと思います。前者は何となく過程の想像がつくのに対して、後者は何をしたら良いのか具体的なイメージがつかめないためです。

では、どうすればイメージができるかと言えば、 情報を集めて経験を重ねるということにつきる と思います。

総合病院にいるけど将来は大学で研究したいと思っているなら、そのような研究をしている人にどうしてそういう仕事に就けたのか聞いてみると良いと思います。人脈がなくてもそういう先生はセミナーや学会で講師をしていますから、どこかで会う機会があります。初めて会ったとしても礼儀を尽くして熱意を伝えれば教えてくれると思います。

スポーツ分野に行きたければ、そういう個人のクリニックに転職しても良いですし、休日にスポーツ関係のボランティアに行くこともできます。最初は未経験かもしれませんが、体験を重ねるうちにその分野に関する知見が増えてきます。

私の知人の理学療法士がまさにそのような人で、中枢神経疾患中心の病院に勤めていましたが、以前からスポーツ分野に興味を持っていました。そこにある日、ボルタリングをやっているというスポーツ選手が来ました。その理学療法士はボルタリングを全く知りませんでしたが、頼んで大会の日に選手の近くで見学させてもらいました。そのうち、他のボルタリング選手も病院に来るようになり、休日はトレーナーをするようになり・・・・・・と関わりが増えていきました。当時は流行する前で、ボルタリングと言っても知っている人もほとんどいませんでしたが、いまやオリンピック競技になってしまいました。

目的があるのなら、その方向に行動を起こしてみることです。また、チャンスと思ったら小さなことでも積極的に関わってみることです。キャリアが浅いうちは知識がなくても恥ずかしくないですし、役職や立場に就いたり、家族ができたりすると時間に制限が出てきます。もちろん学ぶのに遅いということはありませんが、若いうちは学ぶのに絶好の機会なのです。

やってみて何か目的の方向と違うと思ったら、その時はスパッとやめましょう。ただし「こっちの方が良いかも」と思ったら、目的自体を変えるのも悪くないと思います。キャリアを積んでいく中で環境が変わったり、セラピストとしての考えが成熟してくるなど、目的が現在の状況とそぐわなくなることもよくあります。目的や目標は時に見直すことも大切です。

まとめ

セラピストのキャリア形成について思っていたこと、気付いたことを書いてみました。「新人プログラムは受けるべきなのか?」「取った方が良い資格はあるのか?」など、細かい考え方はまた別の記事で書きたいと思います。

スペシャリストになりたいなら、早い段階で目的が決まると有利に働くと思います。しかし、キャリアが浅いうちは情報も経験も少なく、自分が何をやりたいのか、わからない方がむしろ普通だと思います。そのような段階では興味があるものを色々のぞいてみることも良いかもしれません。

他の記事でも書いていますが経験することが大切です。同じ年数をセラピストとして過ごしていても、経験の量は異なります。その人がどれだけ意識して、小さくても行動してきたかで、何年か先には大きな差になってきます。

努力を続けている人には何らかの結果がもたらされます。すぐに良い結果が出なくても、あきらめなければその経験は必ず後で生きてきます。

信念を持って自分の道を進んでいる人は、どこか魅力があります。そのような魅力的なセラピストが増えることを願っています。